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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)12775号 判決

原告

石崎静

ほか二名

被告

岩見保

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告石崎静(以下「原告静」という。)に対し、四〇〇万円、その余の原告らそれぞれに対し、各二〇〇万円及びこれらに対する被告岩見保(以下「被告岩見」という。)については昭和六〇年一一月六日、被告菊地信子(以下「被告菊地」という。)については同月七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨及び担保提供を条件とした仮執行免脱宣言

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一一月一二日午後一一時二三分ころ

(二) 場所 東京都練馬区豊玉中二丁目二七番地先路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(福島五七ぬ七四)

(四) 右運転者 被告岩見

(五) 被害者 石崎福二(以下「亡福二」という。)

(六) 事故の態様 亡福二は、本件事故現場の横断歩道を横断中、加害車に衝突され、頭蓋内損傷及び脊髄骨折により同月一三日午前零時二五分死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告岩見は、本件事故の発生につき、加害車を運転中、指定最高速度超過、前方不注意により本件事故現場を発生させた過失があるから、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告菊地は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 六二三万三七六〇円

亡福二は、本件事故当時大正二年二月一二日生まれの七一歳であり、洋服仕立業を営み、昭和五九年一月から一一月までに三八一万円の売上があり、その利益は、一ケ月二〇万円を下回ることはない。死亡時からの就労可能年数を五年、生活費控除率を四〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息控除をライプニツツ式計算法で行うと、同人の逸失利益は、次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

二〇万円×一二×(一-〇・四)×四・三二九=六二三万三七六〇円

(二) 慰藉料 一八〇〇万円

亡福二は、原告静との生活において一家の支柱として働いていたから、その死亡によつて同人が受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

(三) 相続

亡福二は、右損害賠償請求権を有するところ、原告静は、亡福二の妻、その余の原告らは、亡福二の子であり、いずれも相続人であるから、同人から右損害賠償請求権をそれぞれその相続分に応じて相続した。

(四) 葬儀費 一〇〇万円

原告らは、亡福二の葬儀費用として少なくとも右金額を支出し、それを相続分と同様の割合で負担した。

(五) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一四三八万三三〇〇円の支払を受け、相続分に応じててん補した。

(六) 弁護士費用 四〇万円

原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼し計四〇万円を支払うことを約した。

よつて、被告ら各自に対し、原告静は、右損害金のうち四〇〇万円、その余の原告らは、各右損害金のうち二〇〇万円及びこれらに対する被告岩見については本件事故の日の後である昭和六〇年一一月六日、被告菊地については同じく同月七日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、事故態様は否認し、その余は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、(一)は否認する。本件事故は、被告岩見が加害車を運転して、本件事故現場交差点を時速約四五キロメートルで高円寺方面から板橋方面に向けて青信号にしたがい進行中、亡福二が酒に酔つて、赤信号を無視して、右交差点中央付近を、直近に横断歩道橋と横断歩道があるのにそれを利用しないで、加害車の進行方向に向かつて、横断しようとして飛び出してきたため、被告岩見が回避措置をとる暇もなく衝突したものである。加害車は、走行車線を進行していたため、折から追い越し車線を進行していた他の車両と並走していたため、亡福二を発見しにくい位置関係にあり、前方確認を怠つたとはいえない。

(二)のうち被告菊地は、加害車をもと所有していたことは認めるが、その余は否認する。被告菊地は、昭和五八年一〇月二〇日、加害車を被告岩見に対し売却しているから、運行供用者責任はない。

3  同3(損害)の事実中、(一)逸失利益は否認する。亡福二は無職者である。(二)慰藉料は、亡福二が死亡時七一歳という高齢であつたことからみて一三〇〇万円を上回ることはない。(三)相続については、原告らの身分関係は認める。(四)葬儀費用は、八〇万円が相当である。(五)損害のてん補は、原告らが自賠責保険から一四三八万三三〇〇円の支払を受けたことは認める。

三  抗弁

過失相殺

仮に、被告岩見に過失があるとしても、前記のような本件事故の発生状況からみて、本件事故発生の主たる原因は、信号機により交通整理がなされている横断歩道の直近ないし直近手前を赤信号を無視して横断した亡福二にあり、亡福二の過失は八割を超えるものである。したがつて、右過失相殺と、前記の損害のてん補の結果、原告らの被告らに対する本件事故による損害賠償請求権は、存在しないものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

本件事故は、仮に亡福二が信号を無視して道路を横断したときに発生したものであつても、本件事故現場は、直線で見通しのよい場所であり、夜間の照明もあり、容易に亡福二の存在を確認できるものであり、現に、本件事故発生前に加害車の前を進行していた車両は、亡福二を目撃し、蛇行して亡福二を避けて走行している。特に、直前を走行していた車両は、警笛を吹鳴し、蛇行して亡福二を回避したものであるから、被告岩見が前方を注意していれば容易に本件事故は避けられたものである。また、被告岩見は、指定最高速度を大幅に上回る時速六〇キロメートルないし七〇キロメートルで走行していたものであり、指定最高速度を遵守していれば、本件事故は避けられたはずである。

以上のように被告岩見には多大な過失が存するものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)事実中、事故態様を除いては当事者間に争いがない。

二  事故態様、被告岩見の過失の有無及び被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

1  成立に争いのない甲二号証、乙一号証から一〇号証まで、証人大坂貫兵衛、同北秀幸の各証言及び被告岩見本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、中野方面から板橋方面に通じる環状七号線と、豊玉北五丁目方面から豊玉南方面に通じる通りの交差している豊玉二丁目交差点(以下「本件交差点」という。)上である。環状七号線は、歩車道の区別があり、片側二車線、車道幅員約一六・〇五メートル(路側帯を含む。)で、本件交差点の中野側には横断歩道橋が設置されており、環状七号線に交差している通りには歩車道の区別がなく、片側一車線、車道幅員約八・〇メートル(路側帯を含む。)である。本件交差点は、集中制禦式自動信号機が設置され、車両用及び歩行者用信号機がいずれも設置されており、これにより交通整理が行われている。横断歩道は、前記横断歩道橋の設置されている環状七号線の中野側を除いて本件交差点の三方に設置されている。環状七号線の路面は、アスフアルト舗装され、平坦で、本件事故当時は乾燥しており、直線で見通しは良く、夜間でも照明のため明るく、指定最高速度時速四〇キロメートル、歩行者横断禁止の規制がある(別紙図面参照)。

被告岩見は、加害車を運転し、環状七号線を中野方面から板橋方面へ歩道寄り車線を時速四〇キロメートルをかなり超える速度で進行し、本件交差点に差しかかり、別紙図面1点(以下、単に符号で示す。)において対面信号を確認したところ、青色を表示していたため、減速せずにそのまま進行し続け、本件交差点に進入したが、4点において同方向に中央寄り車線を並走していた車両の影から亡正明が現れ、発見と同時に回避する暇もなく、同人に衝突し、同人を前記傷害により死亡させたものである。

亡正明は、飲酒してタクシーで帰宅途中、本件交差点のモ点でタクシーを降り、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、自宅に戻るため、横断歩道上ではなく、本件交差点のほぼ中心を通つて、環状七号線を横断しようとし、前記のように加害車に衝突されたものである。

以上の事実が認められ、成立に争いのない乙一三号証の九及び原告石崎隆本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実に徴すると、被告岩見には、指定最高速度を厳守すべきであつたのにこれを怠り、また、並走車両により見通しを妨げられていたとはいつても、前方により注意を払うべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠つた過失があるから、民法七〇九条により、原告の後記損害を賠償する責任がある。

3  そして、被告岩見と、亡福二の前記過失を比較すると、本件事故の発生につき、本件事故の責任の大半は、対面信号を無視し、本件交差点の中央を横断するという無謀な行為をした亡福二にあるものというべきであるから、亡正明の過失割合は、控え目にみても、七割を下回ることはないものというべきである。

三  被告菊地の責任原因についての判断は留保し、原告らの損害について判断する。

原告らの損害のてん補前の総損害額は、その主張によれば、二五二三万三七六〇円(弁護士費用を除く。)であるところ、前記の七割の過失相殺をすると、その損害額は七五七万〇一二八円となる。原告らが自賠責保険から一四三八万三三〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、仮に、原告らの総損害額が原告ら主張のとおりであると認められるとしても、その損害は、既に全額てん補ずみであることは明らかである。

そうすると、原告らの右損害金及びその存在を前提とする弁護士費用の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  以上のとおり、原告らの本訴請求は、理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

別紙 現場見取図

〈省略〉

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